行き止まりとなっている、姨捨駅。現在のローカル列車は、115系1000番台の3両編成が殆どですが、引込み線の長さは、昔の貨物列車が退避できるように、長めに作ってあるのだと思います。私が到着した時は、なんとラッキーにも、上下のローカルがここで交換していました。持参した時刻表を見ると、その交換の間に、特急が通過するではありませんか。
姨捨駅の駅舎。昔は赴きのある駅舎だったんだろうなと想像します。
配線はこのようになっています。姨捨のスイッチバックには、ダブルクロスは使われていません。姨捨を挟んで両側にある信号所も、スイッチバックになっていて、そこでは対角線がスルーになったダブルクロスが使われているようです。
いよいよ長野行のローカル列車が発車していきます。
姥捨駅のホームから、本線を渡って引込み線に入り、方向を変えて再び本線に入り、勾配を下って長野を目指します。
ホームから引込み線に入る間も、長野側がヘッドライト、松本側がテールライトの点灯になっているんですね。
登って行く本線と、右側がホームへの引込み線です。きつい勾配がおわかりいただけますか?
こちらは、上と反対側を見たところです。
善光寺平の眺望です。大きなファイルですので、画像をクリックして、オリジナルサイズでお楽しみください。これが列車の中から、どのように見えるのか、今度乗ってみたいと思います。
早起き鳥ウェブサイト


九州の立野のスイッチバックといい,姥捨スイッチバックといい,鉄道の醍醐味が味わえるのが嬉しいですね。昔はタブレット交換や発車のベル・汽笛やタイフォンなど儀式が存在したのですが段々と薄らいで行きましたからつまらなく=物足りなくなっていました。
駅舎も良い雰囲気ですね。
早速にお越しいただき、ありがとうございます。(^^)
>昔はタブレット交換や発車のベル・汽笛やタイフォンなど儀式が存在したのですが段々と薄らいで行きましたからつまらなく=物足りなくなっていました。
そうですね。立野のスイッチバックなんかは、あの発車ベルで、阿蘇外輪山を「これから登るぞ」という感じでしたね。何かわくわくするものがありました。
この駅舎も、もっと早くに訪れていれば、味わいのある物だったかもしれません。
この駅から山の急斜面に張り付くように道が伸びていて、その両側の集落の家々には、薪が積まれていました。おそらく、このあたりでは、薪ストーブを使っておられるのだと思います。考えてみれば、あんな急な道を、灯油を積んで各家庭を回ってくれる車がないのかもしれません。市街地までも距離と標高差があり、しかも周りには豊富に木々がある。昔はどこでもそうだったのかもしれませんが、ここでは21世紀の今も、昔の生活が残っています。何だか嬉しくなりました。
スイッチバック、こちらでは見れない面白いものを見せていただきました。
善光寺平の眺望、霞がかかっていますが、晴れたらもっときれいでしょうね。
ではまた。
早速のお越し、ありがとうございます。
関西では、五条あたりにあったスイッチバックの駅が、最近本線上に移設されて、スイッチバックでなくなったとか聞きました。こちらでは、ここの他、信越本線の関山?あたりにもあるようで、さすがに山国だと思います。
晴れたらたぶん、もっと向こうまで見渡せるのでしょうね。この日は、ちょっと見通しが悪いようでした。
姥捨スイッチバック面白いですね。
ライトを点けたままバックしていくのも興味深いです。
模型でこれをやるのは大変ですね(^^;;;;
DCCなら可能なのでしょうか?
勾配もかなりきついのが分かりました。
DCCで、あれが可能かどうか。Hum...annさんあたりに尋ねないと、私ではわかりません
(^^;;;
勾配は、おそらく25‰くらいあるでしょうね。勾配標識を探したのですが、ちょっと、どこにあるのかわかりませんでした。周囲も平坦な場所が少ないので、線路際を歩いて。。。という訳にはいかないんです。姨捨駅の、1kmsほど松本側に、スイッチバックの信号所があります。姨捨側から言うと、冠着(かむりき)トンネルに入る手前です。わずか1kmsほどの間隔で次のスイッチバックがあるというのは、蒸気機関車の時代、ここが相当な難所であったというのを物語っているのだと思います。
今度ゆっくり下車して見物したいです。
たぶん、一番近いスイッチバックだと思います。他にはないんでしょうかね?
姨捨の記事があったなんて、もっと早くに来るべきでした。(^^ゞ
私もココに魅せられて早3年になろうとしていますが、また行きたいですねー。勾配は25‰で良かったと思います。
ライトの点灯を可能にできるのはDCCしかないかと思っていましたが、バックするときにもヘッドライトが点くというのはできるのかどうか・・・ちょっと分かりません・・・
ちなみにN市から一番近いスイッチバックは関西線でしたが、廃止になりましたのでココになるでしょうか?
http://www5f.biglobe.ne.jp/~switchback/nakazaike.htm
N市に最も近いスイッチバックは、その中在家信号所で、良かったと思います。加太越えの場所ですね。なくなったのですね。昔、関西本線の列車に乗っていると、急行ならまず通過、各駅停車なら退避待ちのため、スイッチバックに入るということがありました。
私は【かすが】や【志摩】などでここを通過したこともありますし、キハ35系などでスイッチバックに入ったこともあります。今考えてみると、一昔前の関西本線の各駅停車って、ほぼ全部キハ30/35系の時代がありました。DMH17一機搭載車両のみで、25‰を上下していたのですから、遅かったはずです。止まらないかと心配するくらい、遅かったのを覚えています。
こうやって、当時の記録をアップされているウェブサイトを拝見しますと、記憶が鮮やかに蘇ってきます。スローでしたけど、いい時代でした。関西本線で湊町から名古屋へ急行
【かすが】でも、3時間ほどはかかっていた時代ですね。今の若い人に話すと信じてもらえないかもしれませんね。(笑)
東海道本線【比叡】で行くか、関西本線【かすが】で行くか、選べた時代でした。
遅ればせながらようやく、こちらに来ました。
姥捨は今でも残る、スイッチバックの場所で有名です。鉄道遺産にしても良い位、ある意味貴重な場所です。
鉄道遺産の選定基準って、どんな基準なのでしょうね。
スイッチバックやループ線というのは、山国ならではの物だと思います。スイスやオーストリアなんかでも、ループ線は聞いたことがあるのですが、スイッチバックはあまり聞いたことがないんですね。私が聞いてないだけなのかどうか。
Wikipedia で、switchback を調べると、どうも英語では、スイッチバックというと、ヘアピンカーブの事を意味するらしく、日本の鉄道でいうのとは全く違ったもののようです。まず英語で何と言うのかをつかんでからウェブサーチする必要がありそうです。